カテゴリー別アーカイブ: 東海

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駄菓子は・・・ 愛知県 keisuke3630様

駄菓子は自分の祖母が駄菓子屋をやっていたのでよくタダでもらっていましたが、祖母の体調が悪くなってからは駄菓子屋を辞めてしまったのでそれ以来あまり口にすることはありませんでした。しかし最近になって大型量販店にも駄菓子コーナーなどが出来、なつかしくてよく買います。

小学生・・・ 岐阜県 さかし様

小学生、中学生の頃、近所にある「日比野商店」という駄菓子屋が大好きでした。公園で、友達と靴飛ばしをしては、「負けたら日比野」というルールで駄菓子を食べていました。最近でもその場所を通るたびに懐かしく思い、日比野商店に入ってしまう21歳です。ですが、あの頃のように、100円玉を握り締めてどれを買おうかと悩むのが楽しかったのでしょう。今のようにいつでも好きな駄菓子が買える歳ではわからない感動や楽しみがあったのだと思います。

55年以上前・・・ 三重県様

55年以上前(10歳より前)、我が家は貧困の真っ只中、こずかいと言う物は有りませんでした。唯一、お祭りの日は5円を貰えた記憶が有ります。そんな訳で5円で買えるものが有ったかどうかも記憶に有りません。しかし、綿菓子、カルメラ、水飴、こんぺいとう、等(この中の一つ)を本当に嬉しくて、大事に、大事に少しづつ長い時間を掛けて頂いた、そんな時代でした。

学校から・・・ 愛知県 萩ちゃん様

学校から帰ると百円持って自転車でまた学校方向へ・・・学校の近くに、ハヤシ、ゴトウという2軒の駄菓子やさんが並んでいて友達が先に来ていてワイワイいいながらクジを引いたりみかん水を飲んだりしてました。 クジなんか何回引いても当たりは出ず、最後の一枚を引いても1等や2等は出なくてお店のおばちゃんに文句を言った思い出が有ります。でも一回5円や10円のクジがワクワクして楽しかったのを思い出します。

私の小さい頃・・・ 愛知県 みずあやママ様

私の小さい頃の思い出は、実家の三件隣りにあった駄菓子屋さんです。現在は店主のおじさんが亡くなり、お店はありませんが、お店に行くとプラスチックの容器やガラス瓶から一個10円ほどのせんべいや小さなお菓子を選んで紙袋に入れてもらい、どれからにしようと悩みながら食べた思い出があります。今はスーパーで子供達が籠をもって楽しそうに選んでいる姿を見ると、駄菓子は永遠だな、と感じます。

母は買い食い・・・ 滋賀県 jomo33様

母は買い食いについて非常に厳しい人でしたので「駄菓子」はその言葉そのものが食するに値しないものを意味しました。しかし、小学校高学年にもなれば持ち寄りのおやつに見慣れないものがあって、それは、大人が一箱分として買う菓子折りや大人のタバコをそのまま模したミニチュア版で味がどうのというよりも、その日常生活にない独特の雰囲気と一つの駄菓子の話題性に驚きました。駄菓子がある所はこどもの社交場でありそれそのものが想い出なのですね。

小学校の頃・・・ 愛知県 トーマス様

小学校の頃の遠足はおやつ200円までと決められていて、友達と前日に駄菓子屋さんに買いに行くのが楽しみでした。「どんどん焼き」や「きゃべつ太郎」がお気に入りでしたが、今でも安い値段で買えてうれしいです。うまい棒が大好きで、最近でもお酒のつまみ用とかによく買います。